2018年07月13日

『ナイン 9つの奇跡』  川上 健一著 PHP研究所

ナイン9.jpg 野球が好きで好きでたまらない9人が、「ジンルイズ」という草野球チームを結成します。
オーナーがやりたいラーメン屋店長の吉見、アナウンサー兼解説者がやりたい会社社長の山本、きれいなスコアボートをつけることに執念を燃やす鈴木など、個性的なメンバーが、いきいきと試合に臨みます。オーナーの吉見はお人よしな性格で、行き倒れの浮浪者のじいさんに親切にしたことから、運が味方をし、ラーメン店をどんどん繁盛させます。そして、「二つだけ願い事が叶う」というビッグチャンスをもらい、「ジンルイズを立派な草野球チームにする」「ジンルイズを全日本野球選手権大会で優勝させる」ことを願います。しかし、自力で優勝しないと意味がないと、すぐに後悔しますが、チームは着実に変化して奇跡を積み重ねます。現実味は全くありませんが、全編を通して、野球が好きだという純粋な気持ちが生き生きと伝わってきます。さわやかな青春野球小説です。
posted by のん吉 at 23:33| Comment(0) |  ●手軽に読める一冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月11日

『避難所』 垣本 美雨著 新潮社 14/12  

hinannjyo.jpg 3.17 東北大震災を題材にしています。避難所での生活を余儀なくされた福子と、福子が流されているところを助けた小学生の昌也くんとその母・渚さん。そして美しすぎる容貌から福子が勝手に「白雪姫」と名付けた乳幼児を抱いた遠乃ちゃん。この四人がひょんなことから避難所で出会い、その後の人生を交差させていく様子を描いています。昌也くんと渚さんは生き延びたがゆえに、もともとあった問題、すなわちスナックを経営している渚が男たちをたぶらかしているという噂のせいで昌也が学校でいじめられているという問題が顕在化します。遠乃は夫を失ったがために、遠乃をただ働きの家政婦のように思っている舅とあわよくば結婚しようと夜這いをかけようとする義理の兄に翻弄されます。福子は、避難所のリーダーを買って出た秀島のポンコツ具合に我慢ができなくなり、リーダーにとって代わります。それぞれが、過酷な環境の中でも自分にできることを考え、自分らしくしたたかに一日一日を生き延びていく様子にエールを送りたくなります。また震災や避難所の生活を疑似体験することもできます。つくづく、視界を気にせず、くつろげて、好きな時に自由に飲み食いできる家があることのありがたさを感じました。
posted by のん吉 at 22:43| Comment(0) | YA!(中学生〜高校生向け) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月01日

『引き抜き屋(1) 鹿子小穂の冒険』 雫井 侑介著  PHP研究所  18/03

引き抜くや.jpg 父が創業したアウトドア用品店から、「もっと世界を見てこい」と送り出された鹿子ちゃん。創業者の娘ということで役職に付いていたのだが、1500万の年収も恋人も手放し、途方に暮れていたところ、ひょんなことからヘッドハンティングの会社の並木さんに拾われて、様々な人々と関わっていくことになる……という成長小説です。
が、このヘッドハンティングの世界が面白い。単なる”転職”ではなく、経営者が欲しいのは、「新しい風を吹き込んでくれる人」「経営に明るい人」「東京の不動産に詳しい人」「リストラ請負人」とその分野のスペシャリストだ。年収は1000万円以上が普通だ。いくら優秀でも、お互いに人間性を見ているし、同じビジョンを共有してやっていけると確信できなければ交渉は成立しない。そんな一流の人々の間で、ひよっ子だった鹿子ちゃんが、自分の甘さに気づき、少しずつ成長していくお話です。正直、鹿子自身の話は極力減らして、さまざまな業界・経営者たちのしたたかで、綿密な戦略をもっともっと見せてほしい。ラストのホテル業界の話がとても好きです。不可能に思えた飲食店3店舗を構えるオーナーのホテルへの引き抜きの話。並木は鮮やかな手腕を発揮してヘッドハンティングを成功させる。「成長できる環境の提示」という餌を用意して――。ピンチをチャンスに変えるのが、仕事の醍醐味だと実感させてくれる小説です。
posted by のん吉 at 23:51| Comment(0) |  ●手軽に読める一冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月17日

『かがみの孤城』   辻村 深月著  ポプラ社 17/05

kagami.png2018年の本屋大賞受賞作です。
不登校になった中学1年生の「こころ」は、ある日鏡の世界に入り込みます。同じように鏡を通り抜けてきた7名の中学生は、そこで少しずつお互いの距離を縮めながら、鏡の城に導いてくれた狼面をつけた少女(オオカミさま)のルールに従って、願い事を叶えてくれる鍵を探します。こころを含めて、不登校になった生徒たちがときどきもらす現実の世界での息が苦しくなるような閉塞感(全員、学校や家庭での人間関係のトラブルで安心していられる場所が家しかない)が心にずんと響いてきて、「そうだよね、中学生の世界なんて学校と家庭がすべて。そこでシカトされたり、変人扱いされたり、いやがらせをうけたりしたら、全世界から拒否されたような気持になるよね。そりゃ、学校に行きたくなくなるわ。」と共感できました。ここに出てくる「こころ」の担任の対応が自分のようで嫌なのですが、でも擁護したい気持ちもあります。それでなくとも不登校の生徒の対応には手がかかります。何十人も生徒を抱えていて、毎日のようにおこる授業、クラス、部活、委員会でのトラブルの対処をしつつ、放課後も宿題や提出物のチェックに追われ、いったいどこに生徒が本音を語れるような親密な関係を作る時間があるのでしょう。私としては家庭とのパイプが切れないようするのが精いっぱいで、専門家であるスクールカウンセラーの手に委ねて、その子の心のエネルギーが回復するのをゆっくりと待つというのが現状での最善の方法だと思います。
 辻村さんは、受賞後のインタビューの中で、次のように答えています。《「かがみの孤城」を書き終えてから気付いたんですけど、私自身が「居場所がないなあ」と感じたとき、本が鏡の代わりをしてくれたんですよね。本棚や鞄の底でいろんな本が光って、ここではない世界を見せてくれたり、他人になる経験をさせてくれたり。本って、自分の現実とどこかの現実をつないでくれるものだと思うんです。「かがみの孤城」が誰かの本棚でそんな存在になってくれたら嬉しいです。》私も、途中から「このかがみの城って、嫌な現実から瞬時に逃避させてくれる本みたい」と思っていたので、このコメントがとても嬉しかったです。現実の世界に居場所がないと感じたり、孤独を感じたときは、本の世界に逃げていいのです。心を解放し、別の世界に飛ぶことで、明日を生きるエネルギーが湧いてくる。本にはその力があると思います。ラストまでどう話が展開していくのかが気になって、554ページはあっという間でした。たくさんのYA!世代に読んでほしい本です。

posted by のん吉 at 10:10| Comment(0) |  ●身近に感じる主人公たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月06日

 『ひよっこ社労士のヒナコ』  水生 大海著  文藝春秋 17/11

ひよっこ.jpg 就活に失敗し、派遣社員として総務部に派遣されたものの、職場のトラブルの責任をとらされて契約を解除されたヒナコは、一念発起して二浪の後に社会保険労務士の資格を取ります。そして社労士事務所から契約先の会社に出向いては、さまざまな相談に応じます。新人社労士として奮闘するヒナコに寄り添いながら、社員が抱える問題を浮き彫りにしていて勉強にもなります。三話目は、超忙しいIT企業の社長が労務規則を作る話で「育休なんてとる社員はいないから」と豪語する社長の前に、妊娠した女子社員が現れます。社員たちは、「応援する」と言いつつ彼女のことをプロトタイプとして見ています。プロトタイプとは、テストケースとして会社の対応を見ているということで、「炭鉱のカナリア」と同じ意味合いを持ちます。ヒナコはこれを利用して、「彼女をやめさせたら、他の社員たちもここでは切り捨てられると思って引き抜きがあれば皆去ってしまいますよ、優秀な社員さんたちを集めたのですよね」と言って、育休や介護休暇の労務規則をしっかりと盛り込んだ労務規定を作るのですが、肝心の彼女は育児制度の充実した同業他社に転職してしまいます。安心して働きたいのは、彼女の方もだったというオチですが、これも職場でよくあるパターンだと思い今も昔と変わらない状況で働いている女性たちにエールを送りたくなりました。
posted by のん吉 at 22:15| Comment(0) |  ●手軽に読める一冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由』 汐街コナ著  あさ出版 17/04 

死ぬくらいなら.jpg 「もっと自分勝手に生きていいんだ」と肩の力をいい具合に抜いてくれる過労死防止マンガです。冒頭に「今、電車に飛び込んだら仕事に行かなくてよくなる」と一瞬閃いてしまい、追いつめられている自分に気づいて転職できたという著者の経験が描かれていますが、これって月100時間以上の残業を半年続けた人ならきっと共感できる内容だと思います。私も残業しまくり生活の時は、「病気になって入院したい、入院したら会社を堂々と休める」と心の底から病気になることを願っていました。そういう思考回路になっている地点で、もうアウトですよね。視野狭窄になり、「自分に能力がないから」とか「ほかの人も頑張っているのに」と自分を叱咤して我慢比べのように頑張ってしまいますが、もっと生き方は自由でいい、生きて健康でさえいればなんとでもなる、選択肢はたくさんあるんだよと励ましてくれる本です。自分の身は自分で守るしかないですもんね。今でこそ「ま、いっか」となんでも流せるようになりましたが、20代はそうはいかなかった。完璧主義で責任感の強い人ほど、ループにはまってしまいやすいので若い人にこそ読んでほしい本です。
posted by のん吉 at 21:40| Comment(0) |  ●人生に迷ったら… | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『古池に蛙は飛びこんだか』 長谷川 櫂著  花神社  17/06

古池や.jpg教科書で『間の文化』という長谷川櫂さんの評論文を学習し、そのあと俳句を学ぶのでその合間にこの本を読みました。
標題の芭蕉の句をどう読むか、長谷川さんは「蛙が水に飛び込む音を聞いて古池の面影が心に浮かんだ」が正しい解釈だと論を展開しています。今まで蛙は、鳴き声とセットで俳句に登場していたのを芭蕉は水音とセットにした。その斬新さとともに、「蛙が水に飛び込んだ」という現実世界の音に「古池」という幻の心象風景を取り合わせたところが蕉風開眼だと指摘しています。
 同様に「閑(しずか)さや岩にしみいる蝉の声」の解釈も、「夕暮れ時の静寂の中で、岩にしみ透るように蝉が鳴いている」ではなく、「岩にしみ入るように鳴く蝉の声を聞いて天地の閑かさに気づいた」が正しいのではないかと論じています。芭蕉は岩山の上で蝉の声を聞いて、天地に広がる「閑さ」に気づいた。その驚きこそが、この句の「閑さや」であり、切れ字の効果だとおっしゃっています。また「草の戸も住み替る代そ雛の家」に出てくる「ひなの家」は芭蕉が想像した家であり、芭蕉は杉風の別荘に移ろうとしているもののまだ芭蕉庵におり、表八句も芭蕉庵への惜別の思いを込めて巻かれたものと考えるのが妥当だとしています。
 芭蕉の辞世の句である「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」も、「枯野をかけめぐる夢を見た」のではなく、あくまで「夢」が枯野をかけめぐるのであり、夢は火の玉のような塊となり、吹きすさぶ木枯らしとなって枯野を失踪する。たった十七音さえ読み取れず指摘されなければ気づかない発見がたくさんあり、とても勉強になりました。
posted by のん吉 at 21:09| Comment(0) |  ●視野が広がる一冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月06日

『雲と風と―伝教大師最澄の生涯』  永井 路子著  90/06

雲と風と.jpg比叡山に観光に行くことになったので、最澄さんについて一冊本を読んでから行こうと手に取りました。
最澄さんと言えば、平安時代前期の人で、比叡山延暦寺を創建した天台宗の開祖。真言宗の空海と並び称されるということぐらいしか知らなかったのですが、桓武天皇と関わりの深い人物だったのですね。大津市坂本の生源寺に生まれた最澄さんは、非常に聡明な子として12歳で国分寺入りを果たします。国分寺に入るというのは、エリート大学に入るようなもので、将来を嘱望される若者として選ばれたことを示しています。ところが学問を身につけ、さぁこれからという時に、桓武天皇は東大寺や興福寺、薬師寺といった主要な奈良の寺を置き去りにして長岡京に都を移してしまいます。最澄はその時、出世コースからはずれた己を強く自覚したのだと思います。そして、その絶望をひきずった状態で智(ちぎ)大師の書いた天台教学を手にし、自分の生きる道を見出します。自分が「理解した」と思った法華経をはじめとするたくさんの仏典が”暗唱した”レベルにすぎず、230年以上前に書いた智が唱える仏教体系こそ本当の真理にたどりつく道だと悟ったのです。その後彼は、智に導かれるがごとく、修行の場に比叡山を選び12年間天台教学と向き合います。その生き方が桓武天皇の耳にも伝わり、天皇の計らいによって中国留学を果たします。その後、最澄は桓武のために尽力を尽くそうとしますが、桓武は病に倒れ病死、息子の平城天皇が即位します。平城天皇は桓武とは正反対の体制をひこうとし、最澄は退けられます。この時期の最澄の願いは、比叡山に大乗戒壇を設立することでした。大乗戒壇を設立するとは、奈良の旧仏教から完全に独立して、延暦寺において独自に僧を養成することができるようにするということです。なんども朝廷に嘆願しますが許可してもらえず、ようやく設立が認められたのは最澄さんが亡くなった7日後のことでした。というわけで最澄さんは最後まで主流に乗ることができず、愛弟子は空海の元に修行にいったまま帰ってこず心痛を抱えたまま亡くなってしまいます。その後の延暦寺の活躍ぶりをみたら、最澄さんはびっくりしたことでしょう。信長に焼き討ちされるという歴史的な事件もセンセーショナルですが、なんといっても法然・親鸞・日蓮・栄西・道元というスーパースターたちはここから新たな教義を生み出し日本の仏教界の発展に寄与しました。実際、比叡山に行ってみると、紹介されているのは彼らたちばかりで、最澄さんは銅像がぽつんと立っているくらい。なんだかとても残念でした。が、比叡山はもみじが非常に多く、山頂からの眺めといい琵琶湖の景観といい、最高に素敵なところでした。
posted by のん吉 at 23:54| Comment(0) | YA!(中学生〜高校生向け) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

「代償」 伊岡 瞬著 角川書店 14/03 

 dai.jpg小学生の圭輔は、遠縁の同級生である達也を警戒していた。なんとなく嫌な奴だと思っていた。その予感は当たった。達也を預かっているときに、父母は火事で死亡。その後は達也の親に引き取られたが、彼らは圭輔の後見人になって財産を奪うのが目的であり、圭輔につらく当たった。圭輔は友人である寿人の力を借りて家を出て、必死に勉強して弁護士になる。達也とは縁が切れたつもりだった。
 しかし達也はある事件の容疑者となり、自分にかけられた容疑を晴らすために弁護人として圭輔を指名してくる。当然断るつもりだったのだが、達也は「あの夜の火事のこと、お前が好きだった未果のこと、ばらしてもいいのか」と圭輔をいたぶってくる。義理の母と関係を持ち、おそらく実父を殺し、圭輔の父母の死に関係し、未果を絶望に追いやった達也。絶対に尻尾を出さない狡猾な達也は、社会的地位を得た圭輔のことが許せず、法廷の場で圭輔を翻弄して罠に陥れ、自分は無罪を勝ち取った。寿人と圭輔は、したたかに裏社会で犯罪に手を染めまくり倫理感などまるでない達也を法廷にひきずりだし、社会的制裁を下すことができるのか。
posted by のん吉 at 01:14| Comment(0) |  ●手軽に読める一冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「讃歌」  篠田 節子著 朝日新聞社 06/01

 sank.jpg昔読んだ本の再読です。テレビ制作所で働く小野は、知人の勧めで教会のミニコンサートに足を運んだ。そこで40を過ぎた柳原園子のヴィオラの音色に心を揺さぶられた。興味を持ち、調べてみると無名だと思った柳原園子は、かつて天才少女と呼ばれた過去があった。そしてその後アメリカの大学院での挫折、自殺未遂、失意の帰国、難病との闘い、ヴァイオリンからビオラ奏者への転身……これはいける!小野は上司と相談してドキュメント番組の制作を決意する。園子の挫折と再生を描いた番組は好評を博し、大きな反響を得て園子のCDやコンサートは売れに売れるが、その経歴や演奏技術への疑問が発覚しやがて小野は自分が利用されていたことに気づく。多くの演奏家が実力とは無関係に知名度がないまま埋もれていく。実力よりテレビ受けするトーク、容貌などで知名度を得てコンサートホールを満員にするという例は枚挙にいとまがない。もう一度脚光をあびるためにメディアを利用することは悪いことなのか。自分の表現力の限界、技術力の未熟さを知りながら、それでもなお音楽でしか生きられなかった園子の人生に思いをはせられます。著者の音楽をテーマにした作品「カノン」「ハルモニア」「マイエストロ」ももう一度再読しよっと。
posted by のん吉 at 00:13| Comment(0) |  ●手軽に読める一冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月04日

『幻庵 下』 百田 尚樹 文藝春秋社 16/12

 gennann2.jpg橋本吉之助こと安節は、井上家を出て独立した因徹(改め服部因淑)のもとで修業を積み、メキメキ力をつけていく。因淑はこの愛弟子の将来を思い思案にくれる。家元の跡目でなければ名人にはなれない。しかし、四家にはすでに才能あふれる跡目候補たちがいるではないか。ところが、井上家の跡目が吐血して亡くなってしまうという事態が起きる。そこで因淑と井上家は、安節を井上家の跡目とすることで合意する。そこからは本因坊丈和(一度碁から離れ市井に身を沈めたものの、再び本因坊家の敷居をまたぎ囲碁一筋に精進してきた遅咲きの天才)と、主人公の井上安節(のちの幻庵)との70局以上の激しい打ち合いが繰り広げられる。お互いに一歩も譲らない壮絶な勝負の中で、安節は因碩と名を改め、愛弟子の赤星因徹を育てあげていくが、一歩先の段を行く丈和が名人を所望していると聞いて焦り、因淑と丈和の嘆願を打ち砕く策略を練る。ここから囲碁四家は権謀術数のどろどろとした闘いになり、その中で因碩は愛弟子の赤星因徹を失ってしまう(当時の囲碁は持ち時間などなかったため、体力も気力も使い果たし吐血して絶命するものが多かった。まさに命を削って囲碁を打っていた)。愛弟子を失い、そして丈和が名人になってしまったことに失望した因碩は、失意のあまり引退することも考えるが、囲碁を捨てることもできず旅に出、また新しい跡目を育てることで己の一生を全うしようと考えるが、再び名人になるチャンスがめぐってきて、また運命に翻弄される。
 黒船が近海を脅かし、桜田門の変、尊皇攘夷、明治維新と激動の時代を迎える中で、四家は囲碁では食べていけなくなり衰退していきます。幻庵が生きた時代は、囲碁棋士たちが世情に煩わされることなく己のすべてを囲碁の発展に捧げることができた最後の時代でした。
posted by のん吉 at 14:37| Comment(0) |  ●骨太小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月25日

『運命の絵』  中野 京子著  文藝春秋 17/03

運命の絵.jpg それぞれの絵が語る「運命の瞬間」にたちまち引き寄せられます。
表紙の絵はアリ・シェーフェルの『パロオとフランチェスカ』。パロオ(男性)はフランチェスカ(女性)の夫の弟でした。当時、教皇派と皇帝派の戦いに消耗した互いの陣営は、関係修復のために結婚による両家の和睦を図りました(このあたりはロミオとジュリエットのようだと筆者は語っています)。フランチェスカが嫁いだのはマラテスタ(教皇派)の長男ジャンチョット。ところがこの長男は醜貌で足に障害があったという。二人の子を授かったころ、フランチェスカとジャンチョットの弟のパロオは恋に落ちる。パロオは美丈夫でフィレンツェの軍司令官に選ばれるほど戦地で活躍しておりすでに妻子がいたが二人にそんなことは関係ない。妻と弟の仲が怪しいと従者から耳打ちされたジャンチョットは現場を押さえようと見張っていた。すると本を読むフランチェスカにパロオがキスしたではないか。ためらうことなく剣で二人を刺し殺す!ドミニク・アングルが描く「パロオとフランチェスカ」はまさしくこのキスシーンとタペストリーの陰で剣を抜いて飛びかかろうとする夫の姿をとらえている。一方、アリ・シェーフェルの表紙の絵はダンテの『神曲』前地獄の第二圏・”淫乱”でさまよう二人の姿を描いている。フランチェスカの背中とパロオの右胸にある刺し傷にもご注目。二人はいっぺんに串刺しにされた。裏表紙にはこの二人を見守るダンテと同行するウェルギリウスの姿が描かれているのでぜひ一枚の絵として鑑賞してくださいね。ダンテは晩年をポレンタ家(フランチェスカの実家)でお世話になっており、だからこそこの悲劇を、第二圏でフランチェスカの霊に恋の顛末を語らせたのだろうと筆者は書いていました。まさにドラマのような展開であり、この瞬間を切り取って描いた画家の構成の巧みさに惹きつけられました。やはり背景を知ると絵の味わいも変わってきますね。
 他に印象深かった作品は、ギュスターヴ・モロー「オイディプスとスフィンクス」。視線を合わせる二人の表情が拡大されており、「答えは人間だ」と答えたオイディプスのきっと唇を閉じて一歩も引かない表情と、上半身は美しい女性の姿をしたスフィンクスの驚愕のあまり目を見開いた一瞬の状況をとらえています。ギリシャ神話のオイディプスは、それこそ「運命に翻弄される作品」の代表ですよね。
 それ以外にも、ムンクの叫び(実は4バージョンあり、2作品が盗難にあっている)や、アレクサンドロス大王のイッソスの戦いや、ヴェスヴィオ火山の噴火で混乱するポンペイの街を描いた「ポンペイ最後の日」なども見ごたえがありました。あたらめて中野京子さんの歴史的な解説や物語の背景の説明のうまさを感じました。”絵を読む”楽しさを教えてくれる作家さんです。
 
posted by のん吉 at 10:22| Comment(0) |  ●視野が広がる一冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月12日

『幻庵』 上巻  百田 尚樹著 文藝春秋 16/12

 gennann1.jpg江戸時代、囲碁は「御城碁出仕」という言葉があるように、当代有数の打ち手に扶持を与え、碁で出世する道が拓けた。それにより庶民から武士まで碁が広がり、四つの家元が生まれる。本因坊家・井上家・安井家・林家である。それぞれの家元では家の名誉に賭けて全国から逸材を探し出し、手元で育てて競い合わせる。井上因徹も農民の出であったが将来を嘱望され井上家に連れてこられ、囲碁の世界にのめりこんでいく。ただ、すでに井上家では兄弟子に跡目が約束されており、6段に昇格したもののその先の道は拓けず、因徹自身も安井仙知の天賦の才や自分より10歳以上も若い楽山(本因坊家・のちの元丈)と知徳(安井家・仙知の門下生)がライバルとしてメキメキと頭角を現すのをみるにつけ、井上家から離れて道場を開き、才のある子に己のすべてを注ぎ込む決意をする。そうして見つけてきたのが橋本吉之助(のちの幻庵”げんなん”)である。
 囲碁のことが全く分からなくても、白熱した戦いの様子は充分伝わってくるし、出てくる人物がみな魅力的でどんどんこの世界に惹きこまれていきます。「名人」という頂点をめざす熾烈な戦い。対戦後、すべての譜を逆に並びなおして「ここが悪い手だった」など反省会をするというのも面白いし、実利派と厚み派(秀才肌対天才肌のようなもの)の戦いぶりや、己の限界を知ってもなおあこがれてやまない「名人」の地位という一流の人たちのさらなる高みを目指す姿が本当にまぶしくて、素敵です。
 まだ上巻の途中なので、下巻を読んだら書き足します。楽しみ楽しみ♪
posted by のん吉 at 19:51| Comment(0) |  ●骨太小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ガーディアン』 薬丸 岳著  講談社 17/02

 gadhi.jpgタイトルの「ガーディアン」は、”ガード( guard)する人”であり、守護・保護という意味があるそうです。舞台となる石原中学には、生徒による「ガーディアン」と呼ばれる闇の組織があり、多くの生徒がメールの「招待」をうけてメンバー登録する。組織の中心にいる生徒たちは「アテナ」や「アポロン」などギリシャ神話の名でやりとりをし、いじめ、恐喝、万引きなど、問題のある生徒に対し直接的な「制裁」を与えると共に”折鶴が置かれた机の持ち主にはメンバー全員がシカトする”という形で精神的な苦痛に追い込む。そういう形で学校の安全を守ってきたのだが、そこには「先生など頼りにならない。だから自分たちの手で安全で過ごしやすい学校をつくる」という強い思いがあった。赴任したばかりの英語教師・秋葉は、生徒たちに感じた違和感から、このガーディアンの存在に気づく。ガーディアンが与える制裁は「脅迫」や「脅し」であり、問題解決の方法として間違っていると感じた秋葉は、組織の存在を明らかにしようとするが、ガーディアンの制裁に合い、逆に孤立を深めてしまい……という内容です。
 話がごちゃごちゃしているし、教師たちそれぞれの人間像も前半は悪い人に見せていて、終盤で実は生徒思いのいい人たちで、ワルで不登校だった八巻も卒業式には出席してという単純な構成で、そんなご都合主義でいいのかといいたくもなりましたが、秋葉に「いじめや困難は学校だけで起こるわけではありません。生きている限り、人間は様々な困難に直面します。今日目の前にいる生徒を守ることだけでなく、その生徒が将来の困難に打ち勝てるよう見守っていくことも教師の役割だと思います。」と語らせているところに好感がもてました。何か”事”が起きたときに、何とか表ざたにならずに内々に解決できたならと誰しも思います。でも、その解決の仕方が間違っていたら、ゆすりのネタになったり不安が雪だるま式に膨らんだりして、その先の人生を謳歌することができなくなってしまいます。正しい解決の仕方とは?というテーマに正面から取り組んだ作品だと思います。(が、ラストの1ページはどういう意味?ガーディアンは解散したのではなかったの??)
posted by のん吉 at 19:14| Comment(0) |  ●手軽に読める一冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月11日

『がんばりすぎずにしれっと認知症介護』 工藤 広伸著 新日本出版社 17/12

 しれっと.jpg連載時から単行本になるのを楽しみにしていました。イラストもほのぼのとしていますし、認知症になった母親への著者のまなざしがとても温かくて「こういうふうに物事をとらえられるってすてきだな」と心から尊敬します。
 著者は認知症の人にも4つのプライドがあるといいます。一つ目は認知症ではないというプライド。二つ目は自分の能力は衰えていない、なんでもできるというプライド。三つ目は「昔はすごかった」と自分の過去を誇張るプライド。四つ目は、自分がやってしまった失敗を認めず、自分は常に正しいと思うプライド。
 すべて父にあてはまるんですけど……(^_^;)認知症の人に無理に認知症と気づかせる必要はないと著者はいいます。あいまいな状態にして、ものわすれ外来に通い、お薬も飲み、介護保険サービスを受けることが可能だと。そして、認知症の人が見えないものを見えるといったり、ウソをついたときに、「そうだね。」と優しい嘘をつくことに罪悪感を感じる必要なはいといいます。お互いに幸せにいられる方法を探るのが一番で、正しさを強調して衝突することは避けなさいと。また、認知症の人は人の悪口をたくさんいいますが、その負のオーラにうんざりしても「そんなことはないよ。あの人はよくやっていると私は思うよ。いい人だよ。」と言い続けて負の感情を払拭していくことが大事だそうです。そしてたくさんほめて認めてあげること。
 認知症になっても、親が子を思う気持ちは変わらない。そして怒りや疲れの表情に鈍感になっても、相手が幸せかどうかを感じ取る感情には最後まで敏感なのだそうです。それも愛情ゆえ!その部分に気づいて対処していくと、介護の中に喜びが生まれると筆者はいいます。認知症の家族の介護に疲れたときにはこの本がきっと役に立つと思います。
posted by のん吉 at 10:43| Comment(0) |  ●人生に迷ったら… | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする